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いつもの会話にもう一品。
余剰知識の見本市。

隣地斜線制限 リンチシャセンセイゲン

  • 建築・土木

皆さんは街中で、上の方で角が斜めにカットされた形のビルを見掛けたことはないだろうか。
あるいは近い形で上部が階段状になったマンションなどを。

普段注目していなければ「言われてみればあるある」とか「気にしたことも無いわそんなもん」という人も多いだろう。
ある程度高い建物が密集する都市部や駅前などではどこでも見られると思うので、そういう場所の風景をちょっと思い出してみて欲しい。

思い当たる場合、特に斜めの線が明確なものが印象的だと思う。
箱状の建物から三角柱を切り出したような感じ、とも言えそうだ。

私は写真が趣味で街歩きも好きなので、例えば雑居ビル犇めく風景で、空や背景との境界部分に垂直と水平で構成されたアウトラインがひたすら並ぶ中にそうしたナナメカットを見つけると、整然とし過ぎない妙なリズムを感じて静かにほんの少しテンションが上がったりする。

春はあけぼの ただただ直角並ぶビルぎは 少し傾きて ななめ切りたる角の――あ、いや大丈夫ですおかしくなってないです。待って。
主題はそんな方向じゃないので置いといてください。

ともあれ、マニアック枕草子もどきを綴りかける程度には街の建物を観察していたのだけど、その割にちゃんと調べてなかったなあと思っていたところで、まさにその理由に関わる言葉が今回、記事のテーマに出てきたのだ。

となりのナナメ

あの不自然とも取れるナナメカットは何を目的としているかというと、隣り合った土地や建物への日照や風通しを一定量確保するためだ。
私もなんとなくそうだろうなとは思っていたが、一度でも着目したことのある人ならこれは想像に難くないだろう。

最終的にその斜めっぷりを活かしてオシャレに仕上げていたとしても、飽くまでも主目的はそうした構造的な機能デザインである。
その基準となる制限が建築基準法によって設定されており、これを建築・不動産用語で『斜線制限』と言う。

その中で今回ピックアップされたのは、隣り合う建物との関係による『隣地斜線制限』と呼ばれるものだ。
語感がなんかちょっとカッコいい。

さて、このサイトではコンセプト的に知らないものこそテーマに取り上げて調べつつ……となるのであまり専門的な詳細に触れることが出来ないケースが多い。
が、街中の風景を楽しむにあたり少しスパイスを加えるためにも、隣地斜線制限について基本的な条件と数値だけは簡単に把握しておこう。

サンドイッチの台

先ずこの制限、前提条件が大きく2つある。

1つめ。一定以上の高さを持つ建物にのみ適用される。
国内のあらゆる土地は「用途地域」というものが割り当てられていて、それぞれ建ててもよい建築物が決められている。
ザックリ言うと、そのうち住居としての区域の場合は20m、そうでない区域の場合は31mが境界だ。それを超える建物が対象となる。

2つめ。適用されない区域がある。
低い住居のための土地――「第一種低層住居専用地域」「第二種低層住居専用地域」と呼ばれる2つのエリア※1においてはこの制限は関係ない。
というのもこの区域内、「絶対高さ制限」と呼ばれる決まりにより“建物の高さは原則として10mあるいは12mまで”という制限がある。
そもそも1つめの条件に引っ掛かる高さに届かないので基本的に対象外というわけだ。

つまるところ、用途地域と高さに次第では一般的な住宅においても外観の形状や屋根の角度などに関わっている場合もある。

私が三角柱になっても

上記の条件を踏まえた上で、制限の基準となる角度が設定されている。

1つめの条件で触れた境界線より上の部分については、定められた斜線の内側に建物が収まるようにしなくてはならない。
高さの境界が20mの場合(住居系の区域)は1mにつき1.25m、境界が31mの場合(住居系以外の区域)は1mにつき2.5m上がるだけの角度が、それぞれ斜線になる。

つまり上部が斜めにカットされた建物は、この制限空間の中で目一杯の容積を確保しようと設計された結果の姿なのだ。
あの部分的な三角柱の切り捨ては、より高く積むために必要な余白なのである。

周辺への気遣いを保ちつつ、たとえ斜めになろうとも室内空間を少しでも広く……という思いの成せる業である。
諦めは伴うが、半分は優しさなのだ。……バファリンかな?

「更に上へ行くためには仕方ねえんだ…!」というような正に“断”腸の思いでカットされているのだと考えると、悲哀を帯びた謎の感動を覚えなくもない。
建てる側の人たちからしてみれば、ぶっちゃけ「面倒臭いだけだよ」ということも多々あるのだろうけど、ものは言いようだ。

結果が同じで大きな誤解が生じないのならより良いほうに捉えていきたい。
いや一定の建物を見るだけで涙ぐむようになったら、それはそれで何かを拗らせていることになるので少々困るが……。

空の切り取り方

建築基準法における制限はほかにも様々なものが存在するが、もちろん時代に合わせて修正が重ねられ、変化してきている。

隣地斜線制限は文字通り隣り合う建築物との関係によるものだが、近い概念で「道路斜線制限」「北側斜線制限」といった似たような決まり事が存在する。
道路側や北側の斜めカットについてはこうした制限やそれらの組み合わせであるケースが多い。

因みにこの記事に用いた画像は私が撮った写真から探してきたものだが、道路斜線制限と隣地斜線制限が入り混じっている様子だ。

これら斜線制限については、最近では2003年の法改正で、新たに「天空率」というやたらロマンを感じる字面の概念が追加され、結構な緩和が成されたという。

天空率は、要は建物のシルエットと背景の空との割合によって、風通しや日照・採光が斜線制限と同程度かそれ以上に確保されていれば一部が斜線制限エリアの外にあっても許可される、というものだ。
まあ「間口や両隣との間に広い空間があるのに高さのみ制限を受けるのは理に適わない」と言われてみれば、成る程そうしたケースは多そうだという感想は出てくる。

ただこの天空率、条文が難解だとか設計時の計算に手間がかかるとかいった理由で、まだ一般住宅に採用されるケースはそう多くないという話もあった。
どんな分野であれ、メリットが多くても簡便さが伴わなければ、新しい概念の浸透に際してのハードルは低くなるのに時間を要するのだろう。

いずれも委細は割愛するが、建築基準法にまつわるこうした制限を分かりやすく解説しているWebページもあるので、より詳しく知りたい場合は先ずはそうした所から見てみると取っ付きやすいのではないだろうか。
というか当たり前だが図を見た方が理解しやすいのでおススメだ。

勾配に見る興味のスイッチ

そういえば賃貸物件で、内覧に行ったり検索サイトで室内の写真を見ていると時折、図面だけでは確認できない斜めの壁や天井があって実はちょっと狭い――なんてこともあるが、あれも結構な割合で斜線制限の影響だったりするんだろうな……と考えていた。

外からも内からも確認できる不思議なナナメカットにも細かな制限による理由があった。
そこからは、周囲への影響を考慮して時代ごとに変化・調整を重ねてきた日本の建築事情、その歴史の一端を感じることもできる。

見慣れた景色の中にもそうしたものが実は数多く潜んでいるものだ。

あえて斜めに見てみるのも、たまには良いじゃないか。
いつもの道も少し目線を変えて歩けば、新たな疑問や思わぬ発見に巡り会えるかもしれない。

  • ※1: 低い住居のほか小規模な店舗や事務所、小中学校などは建てることができる。第一種・第二種の詳細な区別については省略。
  • TEXTS & GRAPHIC by

    Yuri Yorozuna
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