だストレージ
いつもの会話にもう一品。
余剰知識の見本市。

梦野 ユメノ

  • 地域・郷土
  • 地名・施設名

千年以上昔の貴族が見た「不思議な夢」に由来する、滋賀県にある地名。
如何せん小字名なので現在は一般的に住所としては略されることが多く、GoogleMapなどの地図にも表れない。

この記事を書いている私の実家が近くにあるので個人的には馴染みある地名なのだが、付近にある他の地名とセットで伝わっている起源があり、エピソードとしてなかなか面白いので、【ゆ】で始まるワードとして登場してもらった。

ウエストサイド・ドリーミング神社

冒頭でも少し書いたが、ザックリ言ってしまうと昔ここに来た偉い人が見た夢に由来する地名である。

梦野は滋賀県の高島市にあり、市内でも北西部に位置する。
一帯は滋賀の湖西エリアにしては広い田畑の広がる土地で、かつて川上荘という多くの村を擁する荘園であった。

その山の際にあたる所に弓削神社(ゆげじんじゃ)という神社があり、この神社に纏わる話が由来に繋がる。※1

嘉祥4年(西暦851年)――つまりは千年以上も前のことになるが、当時ここにあった川上荘の検地のため朝廷から訪れた菅原高成という人が、宿泊した折に「“不思議”な“夢”」を見たという。

それを「この地は八幡大神がおいでになる土地に違いない!」と言って武神である八幡大神のために竹を削って弓を作り、ここにご神体と一緒に祀ったことで神社の名前がついたのだ。

が、そもそも名付けられる前は何と呼ばれていたのかも気にはなる。

熊本や愛媛、大阪、山梨などにも同名の神社はあるし、何より古代に「弓削氏」という氏族や「弓削皇子」という皇族も存在するので神社名のエピソードの方は後付けを疑えなくもない。※2

弓を製造することを指して「弓削」と呼ぶのは昔の一般用語なので、まあ偶然の一致かもしれないが。

因みにこの弓削神社、害獣防護柵の外側にあるので、参拝ルートを選ばないと柵についた出入口が閉じていて近づいても入ることが出来ない場合がある……。

フシギとユメの狭間

閑話休題。

ともあれ、先述の「“不思議”な“夢”」のエピソードから、この辺りが「ふしぎ野/ゆめが原」と呼ばれるようになった。
後々それが訛って変化し「しぎ野/うめが原」となり、現在の「鴫野(しぎの)」「梅原(うめはら)」という地名が誕生した、という話が伝えられている。

「梦野」はこの2つの土地のほど近くにある。跨っているとも言えそう。

先の弓削神社内には上記の話を記した案内板がある。
これに従うなら元の「ふしぎ野」と「ゆめが原」が混じって「ゆめの」が出来た気もするし、単に“梦=夢”を見た“野”で「梦野」という地名が残ったとも考えられそうだ。

貘の腹

梦野地区は今は土地割としては主に梅原地区に属する小字である。

地元の年賀状や工事の書類、土地・物件の書類などで稀に見かけるものの、冒頭で話したように、現在では住所としてあまり用いられなくなっている。

そして菅原高成の見た“不思議な夢”、その内容は残念ながら定かではない。
武神を連想したということなので、なんかそれっぽい展開だったのだろうか。

この菅原さんがどういう人なのかも少し調べてみたが、朝臣の菅原氏であること以外よくわからなかった……。

夢も人物像も一体どんなものだったのか。
軽く追っただけだが、キツネにつままれたというかバクに食われたような心地も残る。
もう少し詳細な話が残ってないか、いずれまた地元に帰ったら調べてみたい。

似た地名は他の都道府県にもあるので、それらも調べてみると面白いかもしれない。

古い地名の場合、こうした夢やお告げ由来のものがちょくちょくある気がする。
「埋め」の転じたものだったりすることも多いようだが。

眠り越しソバ

この地にある運動公園の中には『体験交流センターゆめの』という蕎麦打ちやモロコ釣りができる施設がある。
恐らく現状インターネット上の地図アプリ等で「梦野」という名前が見られるのはここくらいだ。

また、由来で触れた地名「鴫野」に関しては、同名の蕎麦屋『箱館そば 鴫野』があり、美味しくて大変おすすめ。
ただこの蕎麦屋さん、地元産の蕎麦粉を使っており収穫後の3ヶ月、12月~3月のみの営業で地元民にとってもレア蕎麦なので、訪れる場合は時期にご注意あれ。

蕎麦を啜りながら古い時代に思いを馳せれば、その日の夜に私も何か良い梦が見られたりしないだろうか……。

夢ってんだから年始早々に来れば一番タイムリーだったんだろうけど、まあ日付としては近いから良しとして。

いずれにしても、意味するところや字面が妙にファンタジックで個人的に好きな地名である。

  • ※1: 諸説ある。
  • ※2: 例として、大阪の八尾市にある弓削神社は弓削氏に由来するという。
  • TEXTS & GRAPHIC by

    Yuri Yorozuna
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