日本では、春に一番早く飛び始める蝶のひとつ。
黒に近い翅の中に深い青藍色がきらめき、薄い水色の帯のような模様がある。
「蛺蝶(たてはちょう)」の部分は読みに従い「立羽」とも書く。というかそっちの方がまだ一般的かもしれない。
欺く仕掛け絵本
国内では北海道の南部から南西諸島に至るまで、大半どこでも平野部で見ることができる。
多くの人にとって、実は知らずとも身近な昆虫である。
日本にいるものは厳密には2つの亜種に分けられ、うち片方の学名の由来が面白い。
種子島・屋久島以北のものが「本土亜種」と呼ばれ、学名で “K. c. no-japonicum” と表記されるのだが、ここにある “no-japonicum” は「日本語の『ノ』の字」の意だ。
帯状の模様が「ノ」の字のように見えることから命名されたらしい。
翅を開いて止まっていると、なんだか円の一部のようにも見える曲線だ。
他の多くの虫でも見られるように、やはり天敵のひとつである鳥を欺くために目玉模様に見せかけているんだろうか……。
あるいは縞模様のように形を曖昧にする効果のためか……。詳細は不明だ。
逆に翅を閉じて止まっていると木肌や枯葉のようになっており、見事な擬態となるが、開かれると黒の中に上記の模様とともに名前通りの瑠璃色が見え美しい。
また時々、前翅の真ん中に青色が強く出ている個体がいて、これは「スバル型」と呼ばれることがあるという。
パワー系バタフライ・エフェクト
縄張り意識の強い蝶であり、同種や他の虫はおろか、時にはスズメなどの小鳥にすら向かっていくという話もある。
以前、何かのテレビ番組でオオムラサキ※1が羽ばたきで鳥を撃退する様子を捉えた映像があり驚いたものだが、ルリタテハもそうした攻撃を仕掛けるのだろうか。
それにしては若干サイズが心許ない気もするが……。
そして警戒心が強いため、暢気に日向ぼっこをしているような所でも、近付くとすぐ気配に感づき飛び立ってしまう。
が、暫く何もせずにいるとまた戻ってくる。
人の体に止まることもしばしばだ。
ツンデレかな? 翅も表裏あるし。愛いやつめ。
他の蝶と比べると飛び回るよりも定位置を決めて、そこから縄張り内を巡回し、また戻ってくる、というような動きをするケースが多いようだ。
しかしひらひらと舞うような軽やかな飛行ではなく、直線的で力強く重い印象を持つ飛び方をする。
色んな意味でパワフルな蝶である。
ユリ食い荒らし
花の蜜ではなく樹液を吸うタイプの蝶だ。
雑木林でカナブンと食卓を囲んでいるのを、私も見たことがある。
ほかに腐った果実などにもやってくるとのこと。
成虫は樹液に集まるが、幼虫はサルトリイバラ※2のほか、ホトトギス※3などユリの仲間の葉を食べる。
このため、園芸や農業においては害虫として扱われることになる。
幼虫は見る人によってはかなりショッキングというか、結構グロテスクな見た目をしている。
苦手な人は、まあまず見ないとは思うが下記の『リンク・参考』の移動先や、検索には注意されたし。
黄色やオレンジ色と白の縞模様に黒の斑点で結構な派手さだ。
枝分かれした無数の棘を持ち、刺さりそうな迫力があるが、まったく毒は無いので人間的には見かけ倒しである。
ルリコトバ
半端な位置からやや横に逸れた話になるが、今回のテーマワードは以前扱った「瑠璃鐫花娘子蜂(ルリチュウレンジ)」に続き、“瑠璃”のつく昆虫その2である。頻度高いな。
高いなっていうか、そもそも特徴的だからか和名で“瑠璃”とつく生物は虫に限らず多いのだ。
今後も【る】で始まるワードとして近い生物が題に上がる可能性はある。
それにしても“瑠璃”を冠するそうした生き物たち、私が知っているものだけでも瑠璃具合というか青の色味についてはかな~~~り幅がある。
しかし元の意味としては七宝の一つでもあるところの「瑠璃」である。
多かれ少なかれ何かしら、その名に劣らぬ不思議な魅力を持っていそうだ。
羽ばたくモチーフ性
蝶について全体的に言えることではあるが、意匠や音楽など様々な分野でイメージとして扱われやすい。
虫が苦手な人でさえ蝶は平気という人も多かろう。
ルリタテハもそのモチーフ性の高さは恐らく例外ではない。
まして先に触れたように“瑠璃”という言葉の響きや印象もあるので、その性質は+αされるところがありそうだ。
実際はそこまで鮮やかな青ではなく、パッと見は地味ながらしっとりとした美しさがある――といったところだが。
簡単な検索程度ではあるが、その過程で名前に取り入れられているケースも幾つか見つけられた。
音楽バンド『ルリタテハ』や、金沢の洋菓子&喫茶店『アトリエ ルリタテハ』、何人かのイラストレーターのPNなど。
また、親子に向けて着ぐるみでクラシック音楽を奏でる楽団『音楽の絵本』にルリタテハに扮したハープ演奏者がいる。
それぞれジャンルは違えど、この蝶のイメージや名前の語感に何らかの魅力を覚えてのことなのだろうと思える。
冬が明けて更にイマジネーションを揺さぶる瑠璃色があちこちで舞うのを楽しみにしたい。