だストレージ
いつもの会話にもう一品。
余剰知識の見本市。

軍艦マンション グンカンマンション

  • 建築・土木

日本には「“軍艦○○”と名の付く軍艦でないもの」が沢山ある。
中でも見た目に起因する場合はその関連性の無さが、ある意味で物騒とも取れるこの接頭語がユニークさや親しみに繋がっていることも多く面白い。寿司の「軍艦巻き」などはその筆頭だろう。
世界各国で近いものは結構あるのかもしれないが。

今回取り上げる軍艦マンションもその一つだ。(ネタバレ:あとで割と軍艦に関係あることが判明する)

“軍艦”を名に冠するスポットとしては長崎県にある世界遺産『軍艦島』が最も有名だと思うが、建築マニアや変わった場所が好きな人たちの間では軍艦島に負けず劣らず――とまではいかずとも、実は言わずと知れた不思議な魅力のある建物である。

因みに『軍艦アパート』と呼ばれるものもかつて大阪に存在していた。
複雑な構造や見た目からそう呼ばれていたほか後々には「日本の九龍城」とも称されていた、昭和初期に建てられた市営住宅群である。
こちらは2007年に取り壊されてしまった。満ち満ちていた強烈な頽廃の香りも今は遠いが、調べてみると面白いので建物や地域レベルの歴史などに興味があれば是非。

さらば普通よ

さて、軍艦マンションの話である。

私も街中の面白い場所というか所謂「珍スポット」と呼ばれる類が好きなので存在自体は認識していたのだが、ザックリとあらましを把握したのはつい最近のことだ。
建築業界的にも名建築なので、あまり珍スポットとか言うと一部からは怒られそうだが……。
今回は良い機会なのでもう少し詳しく調べつつ、自分なりに簡単にまとめてみようと思った。

軍艦マンションは東京、新宿区にある地上14階の建物である。結構な背丈のビルだが、何よりの特徴はその見た目だ。

最も目立つのはやはり屋上部分だろう。
横倒しの円柱型をした給水タンクを両サイドに抱えアンテナや出っ張りの生えた塔屋の姿はまさしく軍艦の艦橋を思わせる。

他にも、あちこち凸凹やギザギザのある形状、舷窓のような小さな窓の並び、灰色で金属的な外壁など、周辺にある建物とは明確に一線を画しており、その名に違わぬインパクトを備えた外観であると言えよう。
今にもどこぞに向けて動き出しそうな気配を漂わせている。

……それでも、もはや不思議と街に馴染んでいるのが混沌とした東京の面白いところでもあるが。

戦艦東新宿

新宿の中心部から少し北東に行った大久保エリアに聳えており、地下鉄大江戸線の東新宿駅のある交差点からはその威容がよく見える。

これを書いている現在、私はちょうど近所に住んでいるので近くをよく通るのだけど、今回改めて外観を見物に行ってきた。写真はそのときに撮ったものだ。

この建物を知らずまた軍事関連や船舶にそう明るくない人に、上部をクローズアップして「昔の戦艦が残ってるのを撮ってきたんだ」と言ったら信じてしまいそうな気すらしてくる。
横須賀に残っている記念艦『三笠』の艦橋部分と並べて違和感が無いか検証したくなるくらいだ。
まあ流石にそれはディテールの違いが目立ちそうだが、写真合成ができそうだと邪推の捗る程度ではある。

スクエア・エニックスや東急ハンズ、ソフトバンク・テクノロジーなどの本社が入っている『新宿イーストサイドスクエア』からもほど近いので、あのビル内のオフィスに勤めている人たちは知らずのうちに日々視界に捉えているかもしれない。

別名として『鉄のマンション』とも呼ばれていたようで、文字通り外壁はスチール製だ。
つまり“金属的な見た目”はそれもその筈、まんま金属だったのである。

昔は全体がシルバー+いい感じに汚れがこびり付いていた外壁も現在は塗り直されて綺麗になった。また下部の大半はエメラルドグリーンに塗装されている。
これで若干“軍艦っぽさ”は和らいで……いやそんなでもないな……? その程度では覆い切れないよこの軍艦っぷり。
まあ、かつて凄まじく退廃的な雰囲気を纏っていた姿を思い返すと、その頃の方がもっとずっと“歴戦の軍艦”っぽい風合いがあったのは間違いないが。

写真を撮りに行った際、もしや西武新宿駅の北側あたりからも見えるかと思い移動してみたが、近隣は他にも高いビルが多いので存外視認することはできなかった……残念。
JR山手線や中央線、西武新宿線の車窓からも多少は見えそうな気がする。確認できるとしたらどんな感じに見えるのか、乗車する機会があれば改めてチェックしてみたい。

狂気の沙汰の無双ビル

1970年の竣工で、建築家の渡邊洋治氏による設計だ。
“異端”だの“狂気”だの、やたらパワフルなワードを冠した異名を持つ建築家なのだが、この人、旧陸軍の船舶兵の出身である。

また確定的ではないもののこの建物について、渡邊氏は“船舶における密接な人間関係”を投影しようとしたのだ、といった評もある。

軍艦マンションはそもそも軍艦をモチーフにデザインされたものである可能性が濃厚なのだ。冒頭で関係無さが面白いとか言っておいてなんだがその実、思いっきり関係ありそうなのだ。
設計者の経験を踏まえたコンセプト&思想に基づいているのだろう、というのがよく言われている意見である。
個人的にも寧ろ「でなきゃ何なんだよこれ!」と言いたいくらいだ。

そういう意味では、遠目のシルエットが似ていることや構造が結果的に軍艦を思わせていた点から“軍艦”と呼ばれた軍艦島や軍艦アパートとは、根底を異にしているとも言える。

渡邊洋治氏については実績や経歴・人間関係などを時代背景と合わせて調べると更に面白かったが、ここでは割愛。
興味のある人は検索してみて欲しい。インターネット上にある情報だけでも色んな意味でぶっ飛んだ人物だったと感じられること請け合いである。
また同氏の手がけた建築は他にも力強いものが多いので、軍艦マンションが琴線に触れた人はそれらも要チェックだ。

ウミの名がソラの中

この「軍艦マンション」とは俗称であり、正式には当初『第3スカイビル』、次いで『ニュースカイビル』という名称であった。※1

元々は事務所および共同住宅で構成されていたという。
当時は周辺にまだ高い建物がそう多くもなかったので今よりも一層目立っていたとかなんとか。だろうなあ!

如何せん古い建物なので、一時期は老朽化による解体の危機があったが、それを免れオーナーも変わり、リノベーションの上で2011年に『GUNKAN東新宿ビル』と改称、オフィスやシェアハウスのある賃貸物件ビルとして生まれ変わり現在に至っている。

シェアオフィス/シェアハウスのエリアは共同スペースも沢山あり、盛んな交流ができるようになっている。
ただ水まわり総てが共用かつ洗濯機はコインランドリー方式で有料、また立地的に家賃も高いため、広めのスペースや交流による刺激を求めて――など明確に目的がなければ住居として入るにはなかなかハードルが高い。
が、住居エリアは男女別フロアになっていることもあり、寮みたいなノリで生活すると考えると楽しそうでもある。

マンション側も現在は特に若手のアーティストなどにターゲットを絞っているようで、実際に芸術・エンタメ系の人たちが集っているとのことだ。
結構入居者はいるようで、今回私が見ている間だけでも屋上に何人かの人影が見えた。
天気も良かったので洗濯物だろうかと思っていたが、あるいはアーティスティックな何かを行っていたのやも知れぬ……。

2011年のリニューアルオープンの際に、“再出航”と銘打って記念イベントが開催されていたのは記憶に新しい(観に行けなくて残念だった)が、それもアート・音楽系の内容が充実したものだったようだし、現在もそうした方向性を保っているのだろう。
成る程、ユニークな建物に相応しい。エッジの効いた人にこそ求められる環境だろう。

アーティストを誘致して活気を呼び込む流れや、それに伴うシェアスペースは近年各地で盛んになっているが、こうした方法で歴史ある建造物に新たな息吹を与えるというのも大いにアリだろう。
維持管理を考えると大変だろうけど、風情ある建物が無くなっていくのは哀しいばかりでなく色々な損失もあると思うし。

空室があるか否かはタイミング次第だろうが、アートに関わる方や特定分野で起業を考えている人は、このトガった空間でインスピレーションを得る狙いも検討してみては如何だろうか。

その船を愛でてゆけ

意匠や材質の他にも軍艦を髣髴とさせる点は幾つかあるが、最後にもう1つ上げておこう。底面の形状だ。

軍艦マンション – TOKYO WORKSPACE
上記のWebサイトなどで一部図面が確認できるので見て貰うと判りやすいのだが、上空から見ると細長い二等辺三角形に近い台形になっている。
その左右に長方形のユニットがくっ付いてピラミッドのような階段状のフォルムを生み出しているのだ。

Y字路の中に細長い三角形の建物を見ることはよくあるが、軍艦マンションは別にそうした場所に建っているわけではないので、意図的に設計されたものであろう。

これは内側にも踏襲されていて、エントランスを潜り近未来SFチックな通路を進むとすぐにY字あるいはV字に分岐している。
内部構造も外観と同じく異様であることがもう玄関開けたら2秒で伝わってくるのだが、この分岐部分はまさに船の舳先のようではないか。

海原で波を掻き分けるかの如く、この建物は住人や訪問客の人波を分けるのだ。
いや分けた先の奥にはエレベーター&階段のホールがあり合流はできるのだけども……。

ともあれ、普段がどうかはさておき、先に触れた再出航イベントの際には非常に多くの人がやって来たであろうことを考えると、それは本当に進む船のようにも見立てられたかもしれない。

良し悪しや好みの判断は別にしても、個性の際立った建築が次々と姿を消していく中、都会のど真ん中で踏ん張るビル界の異端児は昭和・平成と続く時代の波も乗り越えて、未だに現役である。
近くに行くことがあれば、是非一度この“軍艦”の勇姿を目にして貰いたい。

  • ※1: 他に「第2スカイビル」なども現存している。同建築家の設計だがこちらは別に軍艦っぽい見た目ではない。
  • TEXTS & GRAPHIC by

    Yuri Yorozuna
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