漢字を一発で読むことができた人には「おぬし昆虫好きだな!」と断言して差し支えない。
全身がダークメタリックブルーに輝く小さな蜂の名前である。
先ずは虫が苦手な人には写真が申し訳ないが、言い出すとキリが無いのでご容赦願いたい…。(『参考・リンク』の欄に上げるリンク先も同じく)
エンシェント・メタルビー
国内では意外と都市部にもいたりして身近な昆虫なのだが、如何せん一部の業界を除きマイナーな生き物なので、一般にはあまり知られていない。
正直私も自宅マンションの玄関で見かけて調べるまで、まったく存在を知らなかった。当初は翅の生えたアリかとも思ったし。(蟻と蜂は極めて近縁の種類ではあるが)
この記事の写真はその時に撮影したものだ。雨にじっと耐えていた。
名前に“瑠璃”とあるが、瑠璃色というよりは光沢のあるかなり濃い青、といった印象だ。いっそ黒のほうが近いくらいだが、光の加減によって青藍色が輝いて目立つのだろう。
金属製の工芸品のような風貌は、独特なカッコ良さがある。
そもそも昆虫は構造的に機械じみた印象の強いものが多いが、こうもメタリックだとそれが一層強調される気がする。超小型のメカかな? ってなる。
巣を形成することはなく、またメスでも針を持たない蜂なので刺すことはない。
無理に捕まえたりすると咬みつかれることはあるかも知れないが。
そもそも蜂の毒針は産卵管が変化したものなので、毒針がある種でもメスしか刺さないのだが、そういう意味で彼女らは蜂の中でも危険度は極めて低いと言える。
上記からも推測できるが、蜂の中でも原始的な姿を留めている連中だという。
街路の晩餐
メジャーな虫ではないとはいえ、園芸の業界では害虫として悪名を轟かせていたりもする。
ツツジ類の葉の中に卵を産み、幼虫がその葉を集団で食害するのだ。※1
日本では都市部でも街路や道路の分離帯、公園などの植え込みでツツジやサツキが沢山見られる。都会でも割と食べ物や産卵場所には困らないというわけだ。
針の無い小さな蜂なので天敵も多かろうが、一年に3~4回の頻度で生まれるというので、増えるときは一気に増えていそうだ。
街中や公園では管理しているところが定期的に駆除したりしてるんだろうか。
因みにバラの害虫に、近い仲間の「チュウレンジハバチ」や「アカスジチュウレンジハバチ」などがいて、これらも幼虫が食害をもたらし、時に集団で葉を食べ木を丸裸にしてしまう。
バラの花やローズヒップを育てている園芸家にとっては最大の敵だとすら言われ大変嫌われている。
人間の都合とはいえそんなのばっかりなので、知っている人にとっては彼らには悪いイメージが付いていそうだ。いやまあイメージというかガッツリ実害あるんだけど…。
名前の謎に迫る 1
さて、この非常に難解な漢字…というか名前の由来が気になる。
“瑠璃”は見た目の色そのままでいいとして「鐫花娘子/チュウレンジ」の部分が正直ワケが分からない。
簡単ではあるが調べてみた。
この部分は凡そ当て字であり、漢字の意味と元の読みとは一致していない。
これは生物や植物の和名にはよくある話で、表意文字の面白いところだ。
中国語由来であったり元の読みが違ってたものに現代の読みが適用されたものだったりする。※2
先にまとめておくと、漢字の意味としては「メスが花咲く植物に穴を彫って卵を産む瑠璃色をした蜂」ということになる。諸説あるようだが。
“鐫”は「彫る」「切る」といった意味の漢字だが、「のみ」とも読む。
これは現代、一般に用いられる字としては「鏨(のみ)」となる。
つまり大工や彫刻家などが用いる、彫ったり穴をあけたり削ったりする為の道具「ノミ」を意味する字である。
チュウレンジハバチの仲間は産卵管の先端がノコギリのようになっており、植物の茎や葉に穴を空けてそこに卵を産む。これを指して“鐫”の字が当てられているわけだ。
“花”については、どうもバラやツツジなど花が目立つ植物に卵を産む種が多いことに由来すると考えられる。
“娘子”は中国語で「娘や妻」あるいは「女性」を表す言葉だ。
名前の謎に迫る 2
当て字部分の読みが「チュウレンジ」になっている理由については調べきれなかった。
少なくとも、インターネット上で検索してみた程度では、この虫の名前の由来に言及している記事は幾つか見つかったものの、その多くが先述の漢字の意味までしか触れていない。
漢字のほうは中国語由来であることは恐らく間違いないので、読みも中国語の発音(鐫花娘子 [juan hua niang zi]※3)が訛ったのでは? とする説もあったが、どうも近いと言うには中間部分にやや厳しいものがある。
ほかに調べたトコだと、可能性レベルで「山形県にある『注連寺』と何か関係があるのではないか」なんて意見も見つかった。
出羽三山の湯殿山にある寺だが、読みが一致するほかに出羽三山の開祖が『蜂子皇子(はちのこおうじ)※4』であるとする説があったりと、妙な共通点を感じなくもない……。
が、まあこちらはかなり無理があると思われる。
個人的な推測では、注連縄(しめなわ)の“注連(ちゅうれん)”から来ているというのもあり得るか…? とは思った。
先に触れたように幼虫は植物の葉を食べるのだが、大量発生して並んでいると繋がった縄のように見えなくもない気がするからだ。
古い論文などでは「ルリチウレンジ」と書かれていることもあるが、まあこれは単に仮名遣いの問題であろう。
いずれにしてもこれを追っていくのはかなり骨が折れそうである。
国会図書館や大学のデータベースなどを当たれば何かありそうだが、それは個人的に機会があればということにしよう。
不思議が不思議を呼ぶ太古の蜂に、興味とちょっとの親しみが湧いた。
園芸的には害虫だけど……。